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ディズニーのブランド価値

〜世界一有名なネズミ「ミッキー」の誕生〜

2009/07/24
北海道大学 経済学部 経営学科 4年17060160 岡田鮎美

 

 

1.はじめに

 

「ディズニーという名前は明らかに何かを意味しているのだ。ウォルトの

非凡さはディズニーといえば最高のファミリーエンターテイメントという

固有のイメージを作り出したところにある。」

                 ディズニー社元CEO兼会長 マイケル・アイズナー

                             (注1)

 

ミッキーはなぜ“世界一有名なネズミ”になったのか。もちろん、生みの親であるウォルト・ディズニーの才能が人々を魅了したことは大きな要因のひとつである。しかし、それだけでは「ディズニー」や「ミッキー」という名前がこれほど世界中に浸透し、ブランド価値を持つことはなかったのであろう。そこで、今回のレポートでは「ウォルト・ディズニー社」という企業としての経営戦略が優れていたことも理由の一つであるという仮設を立て、検証する。

ウォルト・ディズニー社の歴史からアニメーション戦略、テーマパーク戦略、ブランド価値戦略を分析し、これらの戦略がどのように「ディズニー」のブランド価値を高め、グローバル化させたかについて考察する。

さらに、今後ディズニーがそのブランド価値を維持・向上するためにはどうすればよいか、財務の視点も交えて考察を加える。

 

 

2.ウォルト・ディズニー社について

 

まずはディズニー社の歴史から、どのようにしてグローバル化への道を歩んだかを明らかにしていきたい。次に、同社は現在どのような事業を行っているのかについて有価証券報告書(注2)を用いて分析していく。

 

 

注1:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』下[2000:5項]参照

2:http://amedia.disney.go.com/  参照

 

 

(1)歴史

 1923年10月、ウォルト・ディズニーがパートナーである弟のロイとともに「ウォルト・ディズニー・スタジオ」を設立。当初はハリウッドの一角にある中古物件を使用した小さなスタジオだった。

1928年、ディズニー社初のトーキー『蒸気船ウィーリー』が成功し、ミッキーは一夜にして全米の大スターとなる。

1932年に公開された同社初のカラー作品の『花と木』がディズニーに最初のアカデミー賞をもたらす。

1937年、同社初の長編アニメ映画『白雪姫』公開でアカデミー賞を受賞するとともに史上最高の興行収入を上げる。この時期にはすでにディズニー映画のマーケットの約半分をヨーロッパ市場が占めていることから、国内だけの人気にとどまっていなかったことがうかがえる。

1971年、ウォルトの悲願であった“大人も楽しめるテーマパーク”ウォルト・ディズニー・ワールドがオープン。

1983年には国外において初のテーマパークとなる東京ディズニーランドがオープン。同年、ディズニーチャンネル開始。

1989年、『リトル・マーメイド』公開。

1992年、ディズニーランド・リゾート・パリがオープン。

1996年、ABCテレビ買収。

2001年、東京ディズニーシーがオープン。

2005年、香港ディズニーランド・リゾートがオープン。

 (注1)

このような1923年からのディズニー社の歴史を見ると、同社がどのような軌跡をたどってグローバル企業へなったかが見えてくる。

ディズニー社は小さな映画会社から始まり、『蒸気船ウィーリー』のヒットで転機を迎えた。ミッキーのグッズが好評だったこともあり、勢いに乗ったウォルトは次々にヒット作を生み出した。1930年代にはディズニー映画の市場の約半分をヨーロッパ市場が占めており、世界的な成功を収めていたことがわかる。

しかし、1939年から1945年に至る第二次世界大戦の影響で映画制作は難航し、ヨーロッパ市場は突然ないもの同然となってしまったために資金難に陥る。この状況を打開したのは1950年公開の『シンデレラ』であり、世界中で公開され人気を博した。こうして世界市場に返り咲いたディズニーはその後も映画やアニメ、テーマパークの分野でヨーロッパ、日本、中国をはじめさらなるグローバル化を遂げた。

(注2)

 

 

1:http://amedia.disney.go.com/ 参照

2:竹内均著、『一世を風靡した事業家たち』[2003、75〜93項]参照

 

 

(2)  セグメント分析

@     事業セグメント

2008年度ウォルト・ディズニー社の有価証券報告書によると、事業セグメントは以下の4つに分類される。

@ メディアネットワーク事業:テレビ、インターネット、ラジオ等で主に子供向けのコンテンツを配信

A パークアンドリゾート事業:香港ディズニーランドの拡張工事等、積極的に投資を行っている

B スタジオエンターテイメント事業:映画、DVD、ホームビデオ

C 消費者製品事業:ライセンス商品、小売(ディズニーストア)

また、以下の図表1、2に示されるとおり、売上高、営業利益ともに最大であることから、メディアネットワークがディズニー社の中核事業といえるだろう。

 

       図表1                  図表2 

(注1)

 

以上のことから、アニメ映画からはじまったウォルト・ディズニー社は多角化を遂げ、現在では「ディズニーチャンネル」などのテレビやインターネットによる作品提供が主な事業となっていることがわかる。

 

 

3.アニメーション戦略

 

その歴史から明らかなように、ディズニーが世界的に知られるようになったのはウォルト・ディズニーが生み出したアニメーション映画がきっかけだろう。

しかし、彼の死後ディズニー社のアニメーション部門は後退局面を迎えた。元CEOマイケル・アイズナーによると、「彼の死後、アニメーション部門は徐々に縮小し、以前は六百

五十人もいたアーティストが、二百人足らずになっていた。」(注2)ということだ。この局

 

1:「ウォルト・ディズニー社 有価証券報告書」2008年度 より作成

2:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』上[2000:147項]参照 

面をどのように乗り越えたのだろうか。ディズニー社のアニメーション戦略が見えてくる。以下では、(1)音楽の分野での競争力を上げる(2)あらゆる年齢層に受ける要素を作品に取り入れるという2点について述べる。

 

(1)音楽の分野での競争

 初めて音楽の分野で競争力を発揮したのは、映画『リトル・マーメイド』(1989年公開)である。この作品では、ミュージカル『リトル・ショップ・ホラーズ』の作詞家ハワード・アシュマンと作曲家アラン・メイケンを起用し、初のアカデミー作曲賞、アカデミー歌曲賞を受賞している。突然、ディズニー映画が音楽というまったく新しい分野で競争力を発揮したのだ。また、『美女と野獣』(1991年公開)、『アラジン』(1992年公開)でも同様の戦略で競争力を伸ばしている。(注1)

 

(2)あらゆる年齢層に受ける要素

 アニメーション映画としては最高額利益を出した『リトル・マーメイド』や『アラジン』はディズニー映画を代表するヒット作である。その人気の理由は優れたオリジナル曲、辛口のユーモア、美しいアニメーションという女の子だけではなく、大人も子供も楽しめる要素を取り入れたところにある。(注2)

 

 ディズニーの死後低迷したアニメ映画事業が、新たな分野で競争力を増したことで再び高い評価を得ることに成功したのである。

 

 

4.テーマパーク戦略

 

 ディズニー社のテーマパークはカリフォルニア、フロリダ、パリ、東京、香港の5箇所にある。東京ディズニーランドを例に取った場合、その来園者数・売上は日本国内においてトップであり、図表3を見てわかるとおり来園者数も年々増加している。また、オリエンタルランドの調べ(注3)によると2008年度では海外からの来園者が871072人であり、国外の人気も高い。その理由について以下の2点が挙げられる。

 

 

1:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』上[2000:294〜300項]参照

2:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』上[2000:301〜304項]参照

3:http://www.olc.co.jp/ 参照

図表3 (注1)

 

(1)  改良し続けること

 ディズニー社のテーマパークでは施設・サービスとも継続的に拡充とスクラップアンドビルドが行われる。その主な目的は顧客満足度の向上と90%以上のリピート率を維持することである。(注2)また、そのために強力な財務方針を採用している。例えば、各部門で5ヵ年という長期的な視野にたった財務目標、見通しを立て、その枠内で予算を立てるというもので、予算の根拠付けとその研究を促すものである。(注3)

 

(2)  独自の従業員教育

 キャストの接客に対するモティベーションを上げるため、“ディズニー・スピリット賞”という相互評価制度がある。これによって、キャストのモティベーションを高めるとともに、キャスト同士の間で教える―学び取るという構図ができあがる。(注4)

 

 このように、ディズニー社のテーマパークには顧客満足度を上げるための徹底した仕組みがあり、また、施設内部の構造もディズニーの世界観をなるべく忠実に表現でいるように工夫されている点がグローバルな人気の要因であると考えられる。

 

 

注1:http://www.olc.co.jp/ 参照

2:仁平和夫,『ディズニー7つの法則』[1997、157〜160項]参照

3:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』上[2000:259〜262項]参照

4:加賀見俊夫,『海を越える想像力 東京ディズニーリゾート誕生の物語』[2003、133〜135項]参照

6.ディズニーブランドを世界へ

 

 ディズニー社では自社のブランド価値を高めるために様々な取り組みを行っている。

 


(1)シナジー部門とブランド管理部門

 ディズニー社ではこの2つの独立した部門の働きがブランド価値向上・維持に大きく関わっている。シナジー部門では、部門間の協力を推進することによって相乗効果を高める業務を行っている。また、シナジーでおさめた成功から、多くの分野で積極的な活動をするようになった。そこで、名前が出すぎることによるブランド価値の低下に注意を払う必要がある。各部門の責任者が収益を上げるためにディズニーの名前を使おうとすることに対し、ブランド管理部門ではその決定が長期的に見てブランド価値を高めるのか損なうのかという点をチェックし、決定を下す。(注1)

 この2つの部門により、ディズニー社は各部門の相乗効果によって様々な分野で得がたい成果をあげ、さらに自社ブランドの保護も同時に行っている。

 

(2)経営資源の質向上

@品質の向上

 消費者商品を扱うディズニーストアでは、店舗のコンセプトを大切にし、店内は装飾や映像によってディズニーの世界を表現したものになっている。また、商品開発は数人のアーティストを起用し、個々のキャラクターだけではなく、ストリーやシチュエーションを基にした生産ラインを考えさせることで独創的なものを生み出し、製造も厳選したメーカーに高い基準を設けて作らせることで、商品の質を急激に上げることに成功した。(注2)

 

A     従業員の質向上

ウォルト・ディズニーの発案から発展したディズニー・ディメンションという企画がある。一九五五年、ウォルトは自らのサービス哲学を教え、価値観を広めるため、ディズニーランドにディズニー大学を開設した。ここは、採用したばかりの非常勤職員や中途入社の中間管理職社員に、ディズニーに企業文化を教える場であり、その教育方針は他社からも高い評価を得ている。(注3)

 

B経営の質向上

 幹部社員にストック・オプションを与えることで、全ての管理職の報酬が自分の部署だけでなく、会社全体の業績に結びつくようにして部門間、会社全体での協力を促し、経営の質を高める。(注4)

 

注1:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』下[2000:9〜12項] 参照

2:仁平和夫,『ディズニー7つの法則』[1997、32〜36項]参照

3:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』下[2000:15〜16項]参照

4:マイケル・アイズナー著、『ディズニー・ドリームの発想』下[2000:7〜9項]参照

以上のように商品、人材、経営ノウハウなどの経営資源の質を高め、高い業績を上げることで結果として自社のブランド価値を高めることに成功している。

 

 

7.考察―ウォルト・ディズニー社の企業価値評価

 ディズニー社が今後もブランド価値を向上するために、会計の視点から戦略を考える。会計上のブランド価値は、合併の際にのれん代として計上される。ブランド価値が高ければ、その企業は市場で評価されることで純資産以上の時価総額を持つこととなるが、その差額がのれんである。(注1)そこで、時価総額を上げるための方法の一つとして、財務体質の改善がある。今回は収益性・効率性・安全性の視点からディズニー社の企業価値(注2)を上げる方法を考える。

 

@収益性

収益性を分析することで、企業活動の成果を評価することができる。

ROA=営業利益/総資産×10019.6(%)

ROS=営業利益/売上高×100=11.8(%)

ROSのレジャー・サービス業界の平均は12.23%、ROAは21.37%より、ともに平均よりやや低めの水準である。

 

A効率性

 企業活動の中心である生産活動について効率的に遂行しているかを分析する。

総資本回転率=売上高/総資本=0・6(回)

有形固定資産回転率=売上高/有形固定資産=2.5(回)

たな卸し資産回転率=売上高/たな卸し資産=33.4(回)

総資産回転率が業界平均の1.75回を大きく下回っている。その理由としては、総資産のうち、棚卸資産は効率よく活用されているが、有形固定資産がうまくまわっていないことが上の結果から言える。

 

B安全性

 資金繰りがうまくいっていているかどうかを分析する。

流動比率=流動資産/流動負債×100=100.9

当座比率=当座資産/流動負債×10071.8

自己資本比率=自己資本/総資本×10049.2

自己資本比率は業界平均の25.2%を大きく上回り、負債に頼らない経営をしていることがわかる。しかし、流動比率と当座比率はそれぞれ200%以上、100%以上が望ましいとされており、両者ともにその条件を満たしていない。

 

 

1:伊藤邦雄,『ゼミナール 現代会計入門』,[2009、278〜290項]参照

2:伊藤邦雄,『ゼミナール 企業価値評価』,[1994,127〜137項] 参照

以上の結果から、収益性は特に問題はなかったが、ディズニー社の解決すべき点は、効率性と安全性にある。特に、有形固定資産を効率よく活用する若しくは圧縮すること、また、流動資産を調達し、流動比率を200%に近づけることが必要である。

 

 

 

8.結論

 ディズニー社が現在に至っても高いブランド価値を持つことはその経営戦略に要因があることがわかった。なぜなら、財務分析からは高い時価総額につながるような特に優れた点は見つからず、経営戦略の点から世界的に評価される点があるからだ。4つの事業全てにおいて、会社が一体となることで成果をあげていることがわかった。また、さらにブランド価値を上げるためには財務面での効率性、安全性の向上が必要である。

 

 

9.参考文献

 

加賀見俊夫,『海を越える想像力 東京ディズニーリゾート誕生の物語』,2003,講談社

マイケル・アイズナー著,布施由紀子訳,『ディズニードリームの発想』上・下,2000,徳間書店

竹内均,『一世を風靡した事業家たち』,2003,ニュートンプレス

仁平和夫,『ディズニー7つの法則』,1997,日経BP社

伊藤邦雄,『ゼミナール 企業価値評価』,1994,日本経済新聞出版社

伊藤邦雄,『ゼミナール 現代会計入門』,2009,日本経済新聞出版社

有馬哲夫、『ディズニー千年王国のはじまり』,2001,NTT出版

マーク・エリオット,古賀林幸訳,『闇の王子ディズニー』,1994,草思社

粟田房穂,『ディズニー・リゾートの経済学』2001,東洋経済新聞社

ニール・ゲイブラー『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』2007 ダイヤモンド社

谷川俊太郎『夜のミッキーマウス』2006 有閑社

小野耕世『ドナルド・ダックの世界像』1983 中央公論社

八巻俊雄『広告国際比較とグローバル戦略』1990 産能大学出版部

堀出一郎『グローバルに考える』2004 麗澤大学出版部

工藤章『グローバル・レビュー』2006 有閑社

高幡勲『生命を吹き込む魔法』2002徳間書店

矢野正晴『多様性の経済学』2004 白桃書房

三上孝教『映画で学ぶ国際関係』2005 法律文化者

A・バザン『映画とは何か』2008 丸善

武市英雄『グローバル社会とメディア』2003ミネルヴァ書房

参考サイト:http://amedia.disney.go.com/